2013年12月25日水曜日

イデオロギー過剰の国

ゴルバチョフのペレストロイカーグラスノスチ政策により、西欧との関係が密接になり、西欧からの情報が人々に西欧との差を意識させるようになり、東欧・ソ連圏での自由に対する需要を著しく増大させた。これらの国の人民は、物資よりも自由が一層不足していることを痛切に自覚し、自由を求めて暴動が起こったのである。社会的混乱は、もちろん経済的混乱を誘発する。人々が自由を求めだすと、経済状態は一挙に悪化した。しかし「自由になれば経済はよくなる」と西欧側のメディアに吹き込まれた東欧の人たちは、経済がよくならないのは、まだ自由が充分でないからだと考えて、一層多くの自由を要求した。明らかな悪循環である。

もちろん、それらの国の人々も努力している。現に私が勤めている学校(LSE)にも東欧・ソ連圏から経済学者がやって来て、西欧から学ぼうとしつつある。先日もこれから彼らとの会合に出席しようとしていたLSEの東欧経済の専門家と立ち話する機会があったので、「多すぎる自由は、それだけでは経済をよくしないと彼らに言っておいて下さい」と私か言ったところ「全くそうなんだ。市場さえつくれば一挙に一流経済国になれると思っているんだか……。西欧の自由派にも責任はありますよ」と首をすくめていた。

いままでイデオロギー過剰の国に閉じ込められていたのだから、新しいイデオロギーが許されるとそれに飛び乗って他の極端に走り去ったのである。その上悪いことに、サッチャー首相(当時)はそれらの反体制者を自分の保守党党大会に出席させて、自由のために戦った偉大なる戦士として彼らを遇したから、彼らの夢はますます膨らんでしまった。その結果、彼らはすっかりsense of proportionを失い、自分の国の経済をsachlichに見ることができなくなってしまった。もちろんこれらの国には、保守派すなわち社会主義の理念を信奉している計画経済主義者が残っている。

これらの人たちは、自由がよい結果をもたらさないのを待っており、事実、彼らの一部がクーデターを試みたように、時が来れば勢力をもり返そうと狙っている。自由対計画の思想戦は経済を一層混乱させたが、このような経過は全く唯物史観の逆現象(経済が思想を決定するのでなく、逆に思想が経済を決定する)でしかありえない。東欧・ソ連圏の瓦解は、政治は事実に即して、sense of proportionを鋭敏に働かせつつ、プラグマティックに行なわれるべきことを如実に示している。

政治は国民、人民、大衆のためにするのであって、政治を行なう個人や、一部の特定の階級のために行なうのでない。昔はそうでなかったが、少なくとも近代においては、そうあるべきである。このように政治を私利私欲と切り離してしまえば、一部の異常なまでに権力欲の強い人や虚栄心の持ち主以外は、政治家になる興味を持たないであろう。通常の人ならば、よほど金がありあまっている人か、先祖代々、政治に関係していて、自分もまた政治に関係することに何の抵抗もない人(例えば、昔の大名や家老の家系の子孫、あるいは大地主や名門の家に生まれた人たち)の他は、政治家になる経済的・時間的余裕はないし、また興味もないであろう。