本当は、これまでお話ししてきたように、団塊世代の一次退職に伴って浮いた人件費を若者に回す努力をすることで、内需の減退を防ぎ、際限ない経費削減地獄を脱することが可能です。あるいは高齢富裕層が座して株価下落を見ているのではなく、持っている金融資産でも消費に回してくれれば、国内経済はドラスティックに浮揚します。ですが、〇〇年に一度の不況」なる標語の下、「今は不景気だから仕方ないじやあないか」という言い訳が企業社会にまかり通っているために、若者の雇用を守ろうという空気はカケラも出てきていません。「景気対策は政府の仕事」という、政府の財政状態を考えれば極めて非現実的な考えが蔓延しているために、自分で消費することで金融資産を防衛しようとしている富裕層にもついぞ会ったことがない。その結果各企業の国内販売がストレートに落ち、株価も下がる、つまり皆でお互いのクビを絞め合っている状況が続いています。
この事態を招いた最大の原因が、「日本人の加齢に伴う生産年齢人口減少」という事態の本質を無視し、起きていることを無理やりに「景気循環」だけで説明してしまうことです。「すべては景気が回復してから」と、ミクロ面での失敗までを景気のせいにしてしまい、しかも今やらねばならないことまで先送りにすることも正当化されてしまっているわけです。しかし過去一〇年以上そうであったように、彼らが日本人の加齢を考慮に入れて適切な対策を取らない限り、好景気が来ようと不景気に戻ろうと今後ともずっと、企業の過剰在庫は腐り続け、内需は縮小を続けて行きます。
ですが本当は、生産年齢人口減少は、(若者の所得をそれに応じて増やしていければですが)「日本の雇用や内需を維持しつつ同時に生産性も高めていける」という、日本の歴史が始まって以来の大きなチャンスなのです。企業は「景気対策」を政府に任せるのをやめ、自らが若者を雇用することで内需を拡大させる。他方で政府は(金持ちも生活困窮者も一律に支援する今のような年金への財政投人をやめ)困窮した高齢者へのセーフティーネットを万全にすることで、高齢者の退職を促進する。そのような新たな分担ができれば、数十年後の日本は、現在の経済規模を維持したまま、数割は高い生産性を達成していることでしょう。若い世代の所得上昇や女性就労の促進に伴って、それから団塊世代の死去に伴う社会福祉負担の絶対額の減少もあって、出生率も大きく上昇し、毎年の出生数は現在よりは少ないレベルながら安定してくるものと思われます。
その頃の日本、生産年齢人口が三-四割減った後の国土の姿はどうなっているのでしょうか。戦後半世紀を支配した、都市開発地域拡大・容積率上昇・土地神話といったものは、すべて崩壊しています。人口減少に合わせて都市開発地域を縮小し、旧来の市街地や農山村集落を再生し、中途半端な郊外開発地は田園や林野に戻すこと(コンパクトシティ化)が各地で進むでしょう。その中で、戦後日本が失ってきた最大の資源である美しい田園景観と、それぞれがちゃんと個性を持った都市景観の復活が図られます。容積率を下げて、安普請の高層建築物をスカイラインの整った中低層建築物、それも耐震性の高い高品質の建物に建て直す「減築」も当たり前になるでしょう。
また、生産年齢人口=土地利用者の減少に伴う地価の著しい下落と、上地を保有するだけで利益を得てきた世代の死去に伴い、不動産取引はずっと流動化します。定期借地の普及による「土地の所有と利用の分離」の常態化、土地ではなく建物の生む収益による不動産評価手法の定着、ごね得地権者の消滅による非耐震建築物建て替えの迅速化、などが期待されます。上地保有が貯蓄手段ではなくなっていく中で、工芸品や美術品、銘酒、名車、名盤、優れたデザインの建築物など、ヴィンテージの付く商品の購入が代わりの貯蓄手段となっていき、社会の中で文化やデザインの占める地位が年々高くなっていくことになるでしょう。大量生産品市場がゆっくり縮小する一方でヽ地域地域の個性を滑かした手作りの地産地消品を供給する零細事業者(新規参入する社会起業家も多く含まれるでしょう)が増え続けます。海外から安価な大量生産普及品を購入する流れも拡大しますが、他方で少し遅れて人口成熟して来るアジア諸国などに向け、そうした高価な地産地消品を輸出する流れも年々太くなっていくでしょう。
そうそう、私か随所で自戒を込めて批判してきた「お受験エリート」の問題ですが、正解のある問題・論証可能な問題に答えることだけが得意な優等生が、社会に出てから現実不適応症候群を起こしていく、という状況が今後とも二〇年程度は続くのでしょう。ですがそういう試験だけが得意な炉荊エリートは、結局社会の一線から退場して行かざるを得ない。あるいはそういう層に支配された一部大企業なり官庁なりは消えて行かざるを得ない。親の恐怖心を煽りお受験競争に駆り立てることで儲けようとしてきたお受験産業の面々も、どんなに恰好いいことを言っていても少子化の中で次々と消滅していくしかないことでしょう。繰り返しますが、真のエリートやリーダーというものは、赤絨毯をしいた廊下を手を引いて歩かせながら育てるものではない。草莽の中から、旧来の基準で言えば学歴もない、職歴もない、だが人を引っ張る力と魅力と清潔さのあるリーダーが必ず出てくると思いますよ。
いや、本当はリーダーはさはどの問題ではありません。日本というのは常に、現場で汗をかいている普通の人たちが支え・何度でも驚ぴせてきた社会です・その現場力、雑草力を私は信頼します。私か深い確信をもって想像するのは、「多様な個性のコンパクトシティたちと美しい田園が織りなす日本」の登場です。人口減少の中で一人一人の価値が相対的に高まる中、その中で暮らす人々も、それぞれやりがいのあることを見つけて生き生きとしています。そうした未来の実現に向けて自分の地域を良くして行こうと活動する老若男女はどんどん増えていくと、私は新たな風の始まりの部分を日々全国で実感しているのです。本当に長い間、ご清聴いただきありがとうございました。